2021.7.16 ritokei|「おいしい!たのしい!島の魚食図鑑」を読む島好きの会

自己紹介|森迫さん

出身

 神奈川県が出身です。実家は綾瀬市という住宅街ですが、このあいだまで住んでいた場所は愛川町という田舎町です。どちらも駅がない町でした。今度の町(海士町)も駅がないですが、港があります。

どんな人

 人間が生きてるってなんなのだろうって、でも人それぞれの存在には絶対意味があるよなって、可能性を信じたい、そんな人間です。この熱量がどこから生まれているのかと考えたことがあって、それは小中高と続けてきたサッカーの中で期待にこたえられなかった原体験から来ているなと気づきました。自分にも可能性があるはずだって、それを支えるためにもすべての人に可能性があるはずだって信じたいのだと思います。こういう悔しい気持ちも、今では大切な感情として持っていたいと思っています。

これまで

  • 大学で動物資源科学を学ぶ
  • 新卒で神奈川県公立高校(生物)の正規職員として勤務(5年間)

どうやったら、自分を生かすことが、社会で生きることにつながるか、を追究してきました。例えば授業では、生物は共通点がある中で多様だからこそ成り立っていることに関連付けながら学ぶ支援をしたり、総合的な探究の時間の立ち上げから運営まで関わったり、放課後に、生徒から発せられる熱を見つけ、それを一緒に形にしてみたり、そんなことをしていました。

海士町に来た理由

答えのない世界とは、きっとこういうことなのだろう。

いま率直に、そう感じます。このことを感じたかったのが最大の理由といえるのかもしれません。公務員をやめて、この先どうなるかまったくわからない組合に所属して、そう感じました。

学校ではよく、

「答えのない時代だから。」

とわかったふりをしていたけれど、学校だって立派な社会で、目の前にいる人たちを幸せにする「仕事」をしているのだから、そう強がろうとしていたけれど、それにしても今は、答えのない世界にいるってこういうことなんだな、と体感しています。

だからこそいえると思ったのは、学校をよくするために、学校をよくしようとすることだけが、必ずしも最適とは限らない。つまり、いろんなところでその人にあった方法で、いろんな挑戦が生まれることが大切だと思うのです。

それで、僕が今ここにいる理由は大きくふたつ。

ひとつは、僕は、社会の中でその人が生きる、ということをいつも考えてしまうからです。「生物」の科目もきっと好きなんですけど、寝る間も惜しんでやりたいと、どうしても思わなかったんです。一方で、人が幸せだと思うことって、豊かさってなんだろう、からはじまって、自分らしさって何なのだろう、自分らしさを生かし合っている社会ってどういうものだろう、自分を生かして仕事をするってどういうことだろう、そういうことはいつも考えてしまいます。

ただ、「生物」の授業や、学校で行われていること(例えば何年何組だとか、いわゆる文化祭や体育祭、いわゆる時間割みたいなものとか)だと、少しそこから遠いように感じていました。大事な環境だなとは思いつつ、どうしても、本物じゃない感というか、学校にいると「学校」という枠に僕自身が引っかかってしまう、そんな感覚がありました。だから、一度外に出て「社会の中でその人が生きる」ということを直球で考えてみたかったのだと思います。

もうひとつは、自分がいいと思える方へ向かって挑戦したかったからです。学校の外ならどこでもよかったわけではなくて、「社会の中でその人が生きる」そんな社会に向かっていきたいと思っていました。端的にいうと、根本にある考えに共感した場所で、仲間たちと人生をかけていることが、僕にとっては幸せだと感じるからです。それが海士町だったから、ここへ来ました。

学校にあるやるべき業務や、守るべき規則や仕組みのその先と、海士町のまちを比べて見たときに、海士町を「まち全体学校」にするために熱量を注いだ先に、僕が見たいみらいがありそうだな、そう感じました。

最初は感覚と、憧れる大人がこの小さなまちに何人もいたことが移住を考えたきっかけでした。あえてかっこよくいうと、持続可能なまちを目指そうとする海士町の(人たちとの)みらいに、憧れを抱いたというか、誰一人取り残さない社会を実現するには、まち全体(もっというと地球全体)がいつまでも豊かであり続けることを視野に入れたまま活動したいと思いました。人生をかけたい!と少し焦りがちな僕にとっては、かけてみたいと思える場所でした。

「答えのない」もなにも、答えは結果でしかないんだなと。僕は僕の存在そのもので生きて、その先に現れるみらいを見たいと思います。

組合の魅力

僕が感じている海士町複業協同組合の魅力はふたつです。

ひとつは、職員が季節労働者でいることにとどまらず、事業を創出する使命を与えられているところです。ふたつめは、海士町のいろんな事業所で働き、海士町を知るきっかけにできるところです。

人が最も幸せを感じるときは、自分の存在そのものを生かして、自分の想いも満たして、誰か、なにかに貢献しているときだと思っています。そのひとつに、仕事があります。だから、自分の存在や想いを生かして事業を生み出していくことは、究極に幸せだなと僕自身は思っています。まさにその使命が与えられた、少し圧のかかったこの状況は僕にとって好機だと思うし、ここでの経験はこれからの教育現場にも生きると確信しています。

ただ、ここでどんなことが起きるのか、誰と出逢うのか、何が見えるのか、それはまったくわからないから、いくつかの事業所を回ることを楽しみにしています。

これは「自分を生かす」ためにも大切だと思っています。例えると、すてきだな、と思う人に出逢って、デートを重ねるうちにその人のことを知り、魅力に気づいていって、ああ、この人とならこんな家庭が築けそうだな、と描いていく…みたいな。このとき、主語が「わたしたち」になっているから、わたしらしさも、相手らしさも、全部含めて未来を描いていると思います。

「海士町」にも、そうやって出逢っていくことで、この「まち」の魅力をたくさん、「わたし」の魅力の中に取り込んでいきたいなと思います。ないものはないとは、こういうことだと思います。ある魅力に気づいて生かしたいと思える。それは結局、全部ひっくるめた自分の魅力に気づくことからだと思います。

そうやって前に進んでいこうとする僕にとって、この組合の存在は、本当に魅力的でした。

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